フェラーリ時代を振り返るバリチェロ
「離れる時がきたと思った」
| 06/05/08 18:47 |
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シューマッハが常にナンバー1の座を手に
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現在、Honda Racing F1のレースドライバーを務めるルーベンス・バリチェロは、2005年のあるレースがきっかけでフェラーリを離れる決意を下したと明かした。
今週末のトルコGPに出走すれば、F1歴代最多出走記録を樹立するブラジル人ベテランドライバーのバリチェロ。
フェラーリ離脱のきっかけとなった出来事について、バリチェロは2005年にインディアナポリスで行われた、かの有名なアメリカGPのレース中に無線で言われた指令だと語る。
当時を振り返ったバリチェロは『TV Globo』に対して、シューマッハがその年の選手権タイトルを争っていなかったにもかかわらず、ブリヂストンユーザーだった6台のみが出走したレースでシューマッハを先に行かせるよう言われたと述べた。
「チームはマイケル(シューマッハ)が僕に近づき、追い越せるように、僕にペースを遅くするよう頼んだんだ」
「その瞬間、ああ、(チームを)離れる時が来たんだな、と思ったね。アメリカでのレースが決定的だった」
フェラーリはバリチェロが在籍した2000年から2005年までの間、終始、ジョイント・ナンバー1(両ドライバーとも平等の)待遇だと主張していたが、バリチェロは事実上、シューマッハの部下だったことを認めている。
「契約にサインした時、ドライバーが異なる待遇を受けるなんていうことは書かれていなかったんだ」と話すバリチェロ。
歴史を見てみても、チームオーダーを実行した例はいくつもあり、最も有名なものは2002年のオーストリアGPが挙げられる。同グランプリ終盤までトップを走っていたバリチェロだったが、チェッカー目前でシューマッハに先を譲ったのだ。
バリチェロは次のように締めくくっている。
「内部で、僕は時々怒っていたんだ。皆は僕らに違いはないって主張するけど、不平等な戦いだったからね」
Source: GMM
(c) CAPSIS International Jim RACING-LIVE Japan

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