ティモ・グロックのF1デビューは、とりわけ早かった。若きドイツ人ドライバーはカートからBMW-ADACフォーミュラ・ジュニアカップへとステップアップし、参戦初年度にチャンピオンに輝く。2002年はチーム・マメロウに加入、ADACフォーミュラチャンピオンシップで勝利を収めている。
2003年はさらなるステップアップとして、ドイツ・フォーミュラ3選手権にKMSモータースポーツから参戦。全体の3位で終えたグロックは、同カテゴリーにおけるトップドライバーという名誉を授かった。
また、同じKMSモータースポーツと共に2003年、国際F3ユーロシリーズに参加したグロックは全体の5位でフィニッシュ。F1界ではほとんど無名だったことからエディ・ジョーダンの目に留まり、2004年のチームのサードドライバー契約を即座に交わしたのだった。カートからF1進出まで、わずか4年というのは見事な離れ業である。
そして、グロックのF1レースデビューはシーズン序盤に突然舞い込んだ。当時のレースドライバー、ジョルジオ・パンターノとジョーダン・グランプリとの間に契約上の問題が発生、カナダGPに急きょ代役として出走したのがグロックだった。金曜日に有名なジル・ビルヌーブ・サーキットでテストを担当し、予選ではレースデビューに向けてチームメイトのニック・ハイドフェルドの真後ろ、16番手を獲得している。
そして、レースはハイドフェルドよりも前の7位でフィニッシュし、初レースで初ポイントをマーク。次のアメリカGPではパンターノが復帰、グロックは金曜テストドライバーの役目に戻った。グロックは、その後もテストセッションで堅実なパフォーマンスを披露し続けている。そして、イタリアGPでチームは以降の中国GP、日本GP、ブラジルGPの3レースに、パンターノの後任としてグロックを起用すると発表したのだ。
驚異的なペースを見せつけたグロックだったが、2005年シーズンのオプションが制限されていたため、ロケットスポーツ・レーシングに加入、チャンプカー・ワールドシリーズに転向した。その年の最優秀新人賞に輝いたグロックは、モントリオールでレース管理から遅い呼び出しを食らうまで、優勝確実だと見られていたが、そのレースを制したのはオリオール・セルビアだった。
2006年はヨーロッパに戻り、GP2に参戦。iSportに移籍する前は、BCNコンペティションに所属していた。トップチームに加入したグロックはシーズン最終戦を欠席したものの、再び彼の持つ力を見せつけ、2勝を飾って4位という素晴らしい成績を収めている。
グロックのパフォーマンスは、BMWザウバーがシーズン末のテストに召集したことで注目を浴びた。そして2007年、グロックはBMWザウバーのテストドライバーを務めることになったのだ。GP2シリーズにも引き続き参戦したグロックは、5勝を挙げてタイトルを獲得。
2008年、F1デビューイヤーから4年の時を経て、トヨタのレースドライバーとなったグロックが再びF1を走る。