ホテル  |  自動車  |  ゲーム  |  健康食品  |  旅行  |  スポーツ  |  タイヤ  |  ムービー  |  チューニング  |  モバイル  |  英会話  |  ショッピング  |  アルバイト  |  中古  |  出会い  |  オークション



ポイントランキング
2008 カレンダー
2008 ドライバー
2008 チーム
2008 サーキット
レギュレーション

F1 テスト
F1 歴代記録
GP アーカイブ


ニュースリスト
チームリリース




プレミアム
ご入会はこちら!

プレミアムサイトとは?



グランプリ
F1 テスト
チーム
レースクイーン
ユーザーフォト
プライベート

特集写真






設立
1950年

GP初開催
1950年6月10日

GP開催回数
41回

収容人数
約 90000

主催者
R.A.C.B

プレスオフィサー
Luc Willems
Tel: (+32) 87 27 5138
Fax: (+32) 87 27 5196


インフォメーション:
Circuit de Spa-
Francorchamps

55 Route du Circuit
B-4970 Francorchamps
Belgium


Tel : (+32) 87 27 5138
Fax : (+32) 87 27 5196




01 - Source
02 - Eau rouge
03 - Raidillon
04 - Les Combes
05 - Malmedy
06 - Bruxelles
07 - Pouhon
08 - Fagnes
09 - Stavelot
10 - Blanchimont
11 - Arret de bus







距離
7.004 km

周回数
44 (306.812 Km)

コーナー数
15 (左コーナー:7) (右コーナー:8)

トップスピード
330 Km/h

スタートラインオフセット
0 m

ダウンフォースレベル
low

2007年 レース時路面状態
dry

ベストラップ
K. ライコネン - 1'45''108
(2004年, マクラーレン)

予選レコードタイム
M. シューマッハ - 1'43''726
(2002年, フェラーリ)


2007年 ポールポジション
K. ライコネン - 1'45''994 (フェラーリ)

2007年 表彰台
1. K. ライコネン
2. F. マッサ
3. F. アロンソ


スパ・フランコルシャン(通称スパ)で初めてグランプリが開催されたのは1942年。歴史は長く、とても興味深いものばかりだ。スパ特有の変わりやすい天候のため、ドライバーにとってこのコースはとても難しい。ジム・クラークはこのサーキットが嫌いだったと言われているが、1962年から1965年まで4連勝を達成している。このサーキットはコースの一部分で日が射していても、別の場所では雨が降っているようなこともまれではない。

1960年、若手ドライバーのアラン・ステイシーとクリス・ブリストウが、それぞれレース中の事故で命を落とした。1970 年に入ると、スピードの速さが顕著に現れてくる。そのため、スパではレース開催を1983年まで見合わせていた。1983年、コースは危険な箇所をけずり、半分の距離でグランプリが再開される。それ以降、スパ・フランコルシャンは最もドライバーの力量が試されるサーキットとして有名だ。

このサーキットで一番の見所はオー・ルージュと呼ばれるコーナー。アレックス・ザナルディが1993年にロータスに乗っていたとき、ここでクラッシュして重傷を負うなど、数々の事故も起きている。

1988年から1991年の4年間、アイルトン・セナが連勝。そして1992年、ミハエル・シューマッハの初優勝がここで訪れた。1993年、1994年とデイモン・ヒルが連続優勝を果たすも、翌年からはシューマッハが再び3年連続で優勝をつかんでいる。

ヒルは1998年に再びスパでの優勝をその手に取り戻した。雨が降るレースは波乱の幕開けとなり、2回スタートが切られる。そんな荒れたレースを、ジョーダンの2台が1-2フィニッシュで制した。シューマッハはヒルを大差で引き離していたものの、周回遅れだったマクラーレンのデビッド・クルサードとの接触事故によりリタイア。その危険な事故に怒ったシューマッハがクルサードに激しく怒りをぶつける場面も見られた。

天候に恵まれた翌年はクルサードが優勝。1999年ベルギーGPは、シューマッハがイギリスGPのレース中に起きた事故で両足を骨折していたため、レースを欠場していた時期だった。2000年はミカ・ハッキネンが劇的な接戦の末に優勝。シューマッハは2位、そしてラルフ・シューマッハが3位となった。

2001年、ルチアーノ・ブルティとエディー・アーバインの激しいクラッシュによりレースは長い間赤旗中断を余儀なくされる。最終的にシューマッハが再びこの自然美しいサーキットで勝利を収めた。クルサードが2位、ジャンカルロ・フィジケラが3位に入っている。

2002年、チームメイトのルーベンス・バリチェロを2位に、そしてファン-パブロ・モントーヤを3位に従えて、シューマッハは2002年もここで優勝を飾った。

2003年は政治的問題でF1のカレンダーから外されてしまったベルギーGPが、2004年に1年のブランクを経て復活。このサーキットはドライバーに人気があることでも有名だ。

そのレースを制したのはキミ・ライコネン。マクラーレン・メルセデスにとってはこのライコネンの優勝が2004年唯一の勝利だった。変わりやすい天候が影響し、予選では10番手に沈んだライコネンだが、レースではすぐにトップまで駆け上がり、シューマッハやバリチェロを交わす。しかし、シューマッハの2位という結果は7度目のワールドチャンピオン獲得には十分なものだった。

変わりやすいコンディションの中、2005年もライコネンが優勝、フェルナンド・アロンソとジェンソン・バトンがそれぞれ2位と3位に入っている。アロンソのチームメイト、ジャンカルロ・フィジケラは着実に順位を上げていたが、オー・ルージュで大クラッシュ、リタイアを喫した。

2006年、F1カレンダーから外れたスパ・フランコルシャンは、老朽化したピットとパドック施設の改修工事に着手。そして、2007年F1世界選手権でカレンダー復帰することとなった。

1年ぶりのスパを制したのは、この年フェラーリに移籍したライコネン。2位にはチームメイトのフェリペ・マッサが入り、ライバルのマクラーレン勢を抑えてフェラーリが1-2フィニッシュを果たした。


2007 K. Raikkonen (Ferrari)
2005 K. Raikkonen (McLaren)
2004 K. Raikkonen (McLaren)
2002 M. Schumacher (Ferrari)
2001 M. Schumacher (Ferrari)
2000 M. Hakkinen (McLaren)
1999 D. Coulthard (McLaren)
1998 D. Hill (Jordan)
1997 M. Schumacher (Ferrari)
1996 M. Schumacher (Ferrari)
1995 M. Schumacher (Benetton)
1994 D. Hill (Williams)
1993 D. Hill (Williams)
1992 M. Schumacher (Benetton)
1991 A. Senna (McLaren)
1990 A. Senna (McLaren)
1989 A. Senna (McLaren)
1988 A. Senna (McLaren)



     




[22/08/08 - 06:08] 
予選に焦点をあてるライコネン
「うまくやれれば大丈夫なはず」

[22/08/08 - 06:06] 
「各チームはKERS技術の経験をシェアすべき」とブラウン
2009年導入に向けて安全性がカギ

[22/08/08 - 05:52] 
Tシャツ1枚で過ごせるバレンシア
注目が集まる金曜フリー走行

[22/08/08 - 05:36] 
アロンソ、追悼の意を表す
喪章の着用と黙とうを実施

[22/08/08 - 05:20] 
アロンソ&Honda、話し合いをスタート
飛行機事故の影響はバレンシアにも

[22/08/08 - 04:38] 
ヨーロッパGP木曜日の記者会見パート2
各メディアからの質問に答える4人

2008 サーキット



メルボルン - 03/16
セパン - 03/23
サヒール - 04/06
バルセロナ - 04/27
2008 サーキット



イスタンブール - 05/11
モナコ - 05/25
モントリオール - 06/08
マニクール - 06/22
シルバーストーン - 07/06
ホッケンハイム - 07/20
ハンガロリンク - 08/03
バレンシア - 08/24
スパ - 09/07
モンツァ - 09/14
シンガポール - 09/28
富士スピードウェイ - 10/12
上海 - 10/19
インテルラゴス - 11/02
ポイントランキング

(1996-2008)Copyright RACING-LIVE
当ホームページ掲載の文章、画像、写真などを無断で複製、転載、転用、流用することは法律で禁じられています。 ご利用規約