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設立
1999年

GP初開催
1999年10月17日

GP開催回数
9回

収容人数
約 130,000人

主催者
Abdul Hamid Mohd Ali

プレスオフィサー
Press office
Tel: (+60) 3 85262000
Fax: (+60) 3 85261000


インフォメーション:
Sepang International Circuit

64000 KLIA
Selangor Darul Ehsan
Malaysia


Tel : (+60) 3 85262000
Fax : (+60) 3 85261000




01 - Pangkor
02 - Curve 2
03 - Langkawi
04 - Curve 4
05 - Genting
06 - Klia
07 - Berjaya
08 - Kenyir
09 - Curve 9
10 - Curve 10







距離
5.543 km

周回数
56周 (310.408 Km)

コーナー数
15 (左コーナー:5) (右コーナー:10)

トップスピード
330 Km/h

スタートラインオフセット
0 m

ダウンフォースレベル
medium

2007年 レース時路面状態
dry

ベストラップ
J-P. モントーヤ - 1'34''223
(2004年, ウィリアムズ)

予選レコードタイム
M. シューマッハ - 1'33''074
(2004年, フェラーリ)


2007年 ポールポジション
F. マッサ - 1'35''043
(フェラーリ)


2007年 表彰台
1. F. アロンソ
2. L. ハミルトン
3. K. ライコネン


国際的なモータースポーツを主催している国々に仲間入りしようと、長い間、マレーシアは野心的であり続けてきた。そして、現在、F1とFIMオートバイ両方を主催するようになり、他のサーキット全体の標準を上げるまでに成長している。

サーキットのデザインは、A1-リンク(オーストリア)とニュルブルクリンク(ドイツ)を再開発したのと同じドイツのカンパニーに因ってなされ、総工費85億円、14カ月がかりの2,500人体制で建設された。

全長5.543kmのセパン・インターナショナル・サーキットはクアラルンプール新国際空港の近くにあり、世界中で最も近代的なレース複合施設として名高い。印象的な両側に据えられたメイン観客席は5万人を収容。絶好の追い越しポイントとなるロングストレートに続いて4つの低速コーナーが広がる独特のデザインだ。その他、中速、高速が合わせて10コーナーある。

1999年に初開催されたマレーシアGP。その年のドライバーズチャンピオンとコンストラクターズチャンピオンの行方は14戦を終え、残り2戦の時点でまだ決まっておらず、先の見えない展開に確実に興奮と緊張が高まっていた。第15戦マレーシアGPを前に1位と4位のポイント差はわずか14点。上位4人どのドライバーにもまだ王座獲得の可能性が残されており、互いにしのぎを削りあう接戦が繰り広げられていた。

ドライバーたちはこの未知なるサーキットまでバトルを持ち越したが、彼らがセパンでレースをするのは、この時(1999年)が初めて。F1初開催であるセパンは経験もデータもなく、チームやドライバーがレースを予測するのは困難だった。それでも、過去、マレーシアでモータースポーツイベントが開催されていなかったわけではない。マレーシア国内のシャーアラム市でも1991年にバイクレースが開催されている(2000年以降セパンでもWGP開催)。

その難しかった初グランプリでは、ミハエル・シューマッハがその数カ月前のシルバーストーンでの事故以来、実に6戦ぶりの復活を果たした。彼はベストコンディションでレースに臨み、はっきりと違いを見せつける。シューマッハはタイトル争いに加わっているチームメイトのアーバインに勝ちを譲るまで未知なるコースを完全支配。見事にレースを演出し、アーバインのタイトル獲得への望みをつなぎとめた。結局、1999年はミカ・ハッキネンがドライバーズタイトルを獲得している。

2000年マレーシアGPはフェラーリのさらなる勝利のために開催されたようなものだった。F1グランプリ最終戦、シューマッハはその時点ですでにドライバーズチャンピオン獲得を決めており、このレースでもいとも簡単に勝利を手にする。そしてフェラーリのコンストラクターズチャンピオン2連覇も決めた。

2001年からマレーシアGPはシーズン第2戦目に変更になった。シューマッハはこの年も勝利し、2000年、2001年とマレーシアGPを連続勝利したが3連覇はならず、2002年は実弟ラルフに勝ちを譲ることとなる。残念ながら2002年シーズン、ラルフが勝利したのはこの1戦だけだった。

2003年、キミ・ライコネンがF1初優勝を飾り、ルーベンス・バリチェロとフェルナンド・アロンソがそれぞれ2位と3位に入った。決勝レース1周目にシューマッハはヤルノ・トゥルーリと接触、ドライブスルー・ペナルティーが科され、これが影響して6位で終えている。

2004年は再びシューマッハが勝利、マレーシアGP初開催から6年で3度目の優勝を飾った。しかし、レースではBMWウィリアムズのファン-パブロ・モントーヤが激しい追い上げを見せ、シューマッハのわずか5秒後方でフィニッシュラインを超えるという接戦。予選でジャガーの予選最高グリッドを獲得したマーク・ウェバーだったが、レースでは早々にスピンを喫し、リタイアに終わった。

2005年、アロンソが元チームメイト、ヤルノ・トゥルーリを従えてトップチェッカー。トゥルーリはトヨタにとっての初表彰台をプレゼントした。

2006年のマレーシアGPは、ジャンカルロ・フィジケラがシーズン唯一の優勝。アロンソが予選セッションで燃料供給装置のトラブルに見舞われたことも手伝っての勝利となった。アロンソは2位に入り、ルノーの1-2フィニッシュを演出、ジェンソン・バトンが3位を獲得している。

マクラーレンに移籍したアロンソが2007年の勝者となり、2位にチームメイトのルイス・ハミルトンが入ったことでマクラーレンが1-2を達成。3位にはフェラーリに新加入したライコネンが入った。


2007 F.Alonso (McLaren)
2006 G.Fisichella (Renault)
2005 F. Alonso (Renault)
2004 M. Schumacher (Ferrari)
2003 K. Raikkonen (McLaren)
2002 R. Schumacher (Williams)
2001 M. Schumacher (Ferrari)
2000 M. Schumacher (Ferrari)
1999 E. Irvine (Ferrari)



     




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2008 サーキット



メルボルン - 03/16
セパン - 03/23
サヒール - 04/06
バルセロナ - 04/27
2008 サーキット



イスタンブール - 05/11
モナコ - 05/25
モントリオール - 06/08
マニクール - 06/22
シルバーストーン - 07/06
ホッケンハイム - 07/20
ハンガロリンク - 08/03
バレンシア - 08/24
スパ - 09/07
モンツァ - 09/14
シンガポール - 09/28
富士スピードウェイ - 10/12
上海 - 10/19
インテルラゴス - 11/02
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